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TOP> 荒山孝郎さん快挙! |
荒山孝郎さん(6期F)がまた快挙。7大陸最高峰を制覇! |
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2006年に最高齢でエベレストを制覇した荒山孝郎さん(6期F)が、2月にアフリカ大陸最高峰のキリマンジャロ(タンザニア、5895メートル)に登頂し、7大陸最高峰を制覇した。1999年6月に63歳でマッキンリーに登ったのを手始めに、2006年5月には、70歳7か月でエベレストに登頂。当時、プロスキーヤーの三浦雄一郎さんが持っていた最高齢の登頂記録を塗り替えた。09年3月に岩登りを伴うインドネシア・ニューギニア島のカルステンツ・ピラミッド(4884メートル)に登頂し、6峰を制覇していた。
読売新聞によれば、7峰を制覇した日本人は約20人だけとされる。「世界最高齢での達成ではないか」と山岳関係者はたたえている。
※7大陸最高峰 一般にエベレスト(アジア)、エルブルス(欧州)、マッキンリー(北米)、アコンカグア(南米)、キリマンジャロ(アフリカ)、ビンソンマシフ(南極)、コジオスコ(豪州)。
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2010年2月 |
キリマンジャロ(アフリカ)
(5895メートル) |
2009年3月 |
2007年8月 |
2006年5月 |
カルステンツ・ピラミッド(豪州)
オーストラレイシア 4884m
青色のヘルメット |
エルブルース(欧州)
5642m
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エベレスト(アジア)
8848メートル |
2002年2月 |
2000年12月 |
1999年6月 |
アコンカグア(南米)
6962m |
ヴィンソン・マッシフ(南極)
4897m
オレンジ色のヤッケ |
マッキンリー(北米)
6194m
左から二人目 |
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注)カルステンツ・ピラミッドはニューギニア島のインドネシア領にある。オーストラレイシアはオーストラリア大陸、ニュージーランド北島および南島、ニューギニア島、その他近海の諸島を含む地域を指し、オセアニアとは少し地域が異なるようです。 |
70歳のエベレスト(チョモランマ) |
荒山氏ギネスブック掲載される |
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エベレスト登頂に成功(2006年5月17日時点では最高齢でした)
2006年5月17日、1935年10月4日生まれの荒山孝郎氏が、
エベレスト登頂に成功した。70歳と225日目だった。 |
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70歳のエベレスト(チョモランマ)
日本出発は4月15日、空路バンコク→カトマンズ→ラサ(3607m)と移動し、ラサに3泊。ラサからは高度順応することが必須で、車で5日間かけて徐々に高度をあげ、4月25日にベース・キャンプ(BC、5154m)に着いた。BCをベースに半月ほどの間、周囲の山に登ったり上部のアドバンス・ベース・キャンプ(ABC、6400m)よりさらに上まで足を伸ばしたりして体を高度に慣らした。5月
11日、BCからABCに向かい、そこに数日滞在した後、天候の状況などから登頂日は5月17日と決定された。日本出発から29日目の5月14日いよいよ頂上アタックのためABCを出発した。C1(7066m),
C2(7800m) と高度をあげ、16日午後 C3 (8225m)に到着、簡単な夕食後、午後10時の出発に備え寝袋にもぐり仮眠した。うとうとして目覚めた時は既に出発時刻を過ぎており、急いで身支度を済ませ1時間半ほど遅れて出発した。それから約11時間後の5月17日午前10時25分、8848mの頂上に立つことができた。その時の気持ちは不思議に感動というものはなく、やっと頂上に着いたかというものであった。空は黒ずんだ青色をしており、周りの全ての山々を見下ろす世界最高峰からの眺望はすばらしいものであった。頂上には30分ほど留まり下山したが、3日後ベースキャンプに無事帰着してはるかに高くそびえるチョモランマの頂上を仰ぎ見た時、あそこまでよく登ったものだと、静かな感動が湧いてきた。 |
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荒山孝郎氏 |
ベースキャンプ(BC、5150m)からの
エベレスト(チベット名チョモランマ) |
登山の安全祈願、ベースキャンプにて |
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BCからABC(前進ベースキャンプ6400m)へ
登山隊の荷物を運ぶヤク。 |
ABCの風景。
後ろに見える雪の鞍部がノースコル(7066m) |
頂上直下から頂上を望む |
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頂上からの眺め。
後ろの高い山はチョーオユー(8002m) |
頂上にて |
キャンプ3(C3, 8225m )のテントにて |
チョーオユーは世界に14座ある8000m峰のうち第6番目の高峰で、1999年に荒山氏は登頂したそうです。 |
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